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na23's diary

読書メモ&写日記

スピリットウォーカー

 

スピリットウォーカー 時空を超えた未来からのメッセージ (VOICE)

スピリットウォーカー 時空を超えた未来からのメッセージ (VOICE)

  • 作者: ハンク・ウェスルマン,西元啓子,藤井由美子,真野明裕
  • 出版社/メーカー: ヴォイス
  • 発売日: 2014/04/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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5,000年後の子孫と「チャネリング」してしまった体験記と、現代文明についての考察というところ。

終章で手塚治虫火の鳥やオラフ・スティープルトンの作品を思い出させるような壮大なスケールの人類の精神的進化、宇宙の究極の目的、知的生物の存在理由を語っている部分が素晴らしい。古代から人類が崇拝してきたモノリスの正体を解読するところとか、ワクワクした。そのような神秘が本当であればと願わずにいられない。

しかし読後しばらく、これはフィクションではないかと思った。石器時代レベルに戻ってしまった子孫の人生を本人の視点で極めてリアルに描写する部分には、筆者の人類学者としての知識と経験がふんだんに投入されているのは間違いない。それゆえに説得力があるのだ。
マイケル・ハーナーという学者が本書をよりによってカルロス・カスタネダに匹敵すると「賞賛」しているのも気になる。カスタネダも面白いが作品はほぼフィクションであることがあきらかになっている。

また311後の日本人としては、文明崩壊と同時に全世界の原発すべてがメルトダウンして放置状態になったであろう、その影響は5000年程度で元に戻るものだろうかと思う。海面上昇で水没したのか?
動物園の動物達の子孫が生き残り大繁殖してアメリカが象やライオンの住むアフリカのような動物天国になっているというが、動物園の動物が生き残れるのに文明人が完全に消えてしまうというのはあり得ることだろうか。それともどこかで細々と続いているのだろうか。

あとYoutubeで見たが筆者のハワイ密教カフナの師匠がコテコテのニューエイジで、なんだか怪しいなぁと。

まあ翻訳のせいもあるかもしれない。本書の続きは原書でそのうち読んでみる。
作者の関わっているネオ・シャーマニズムもフィクション混じりとなると大問題であるから、真相を追求したい。

ご無沙汰…Twitterにおります

変形菌ずかん

 

森のふしぎな生きもの 変形菌ずかん

森のふしぎな生きもの 変形菌ずかん

 

 変形菌。五界説の「プロチスタ界」のうちの「アメーバ動物」に分類される、動物でも植物でも菌類でもない生きもの。その不思議さには魅了される。変形菌は「分解者」であるバクテリアやカビを食べ、環境内で腐敗が進行しすぎるのを食い止める役目を果たしている。私も歩きまわって、虫の卵にそっくりな未熟子実体や風船のような形の子嚢を発見したい。見つけたら写真に撮る。

 

water lens

雨引観音

雨引山楽法寺

山号は雨引山、楽法寺。駅でママチャリを借りて寺のある山に登る。レンタサイクルは土日と休日のみ。ふもとからここまでほぼ押し歩きでシンドイw

 

つくばリンリンロード 

土浦まで40キロ続くこのサイクリングロードは昔は鉄道路線で、参拝客を見込んで雨引駅というのもあった。現在、駅のあとは休憩場になっているらしいが、途中で参道に入ったのでそこまでは行かなかった。

 

Free-range Peacock

寺のある山には孔雀が放し飼いにされている。人を恐れることもなく、写真を撮らせてくれる。

 

White Peacock

普通の孔雀以外にも世界の珍しいキジ類を飼っていて、羽根の美しいキジに関しては動物園並である。オナガキジ、ハクトウミヤマハッカン、ハッカン、ギンケイ、キンケイ、オウゴンキンケイ、白孔雀など。

 

オウゴンキンケイ

 

密教寺院らしい宝塔。Pagoda

 

景色がいい。   140615-0105

 

140615-0407

  

梅雨の時期は紫陽花でいっぱいになるアジサイ寺でもある。日本二大鬼祭の一つという「マダラ鬼神祭」には行ってみたい。Blue petals

北アジアと中央アジアのシャーマン

 

シャーマニズム (「知の再発見」双書162)

シャーマニズム (「知の再発見」双書162)

 

 新刊書のコーナーで発見して思わず買ってしまったのだけど、これは失敗だった。全ページに貴重で美しい写真や絵があって、それはいいのだけど、本文も図板の解説みたいで、まったく文章に集中できない。まえがきで中沢新一が「引導を渡す」とまで書いているニューエイジによるネオシャーマニズムへの批判なんて、ほんのちょっとしかなくて、何のインパクトもない。どうも中沢新一のネオシャーマニズムというのはカスタネダなど60年代のものを指しているようで、近年の実践的な人達については知らないのではないか。本書の研究も、あくまでも学者が外部の観察者として様々な証言や資料を寄せ集めて再構成したものであり、シャーマン自身の内面世界に迫るものではまったくない。本物のシャーマンによるチェックも一切ないのだろう。断片的できわめて不正確なものだという印象を受ける。

まあそうはいってもシャーマンの通う異世界に上・中・下の3つがあることや、シャーマンという言葉のもとになった文化がせいぜい17世紀までしか遡れず、イスラム教や仏教からの影響が様々な度合いで混じっており、地域によってかなり異なることなど、興味深い部分もある。

神仏習合

 

神仏習合 (岩波新書)

神仏習合 (岩波新書)

 

 新書にしては結構難しい本で、またアマゾンレビューによると疑問点がいくつかあるようだが、読めば仏教と神道の関わりについていろいろ疑問に感じていた部分が氷解する。結より

日本の神仏習合の歴史にはヨーロッパと決定的に異なる普遍宗教と基層信仰の結合のしかたをみてとることができる。日本では、仏教が神祇信仰を排除・抑圧することなど一度もなかったから、仏教が神祇信仰を吸収するさい、神祇の名を唱えることを禁ずる必要もなく、三位一体論などで神祇を仏教の基層の神々に読み換えて横すべりさせる必要もなかった。だから日本における仏教と神祇信仰は、ヨーロッパのように閉ざされた系でキリスト教に吸収されるのではなく、開かれた系で結びあい、仏教と神祇信仰の共存の上に競合と結合を築き上げたのであった。

 

ここ重要。勢力を拡大し続ける仏教に対抗して築かれた王権側の「ケガレ忌避観念を核とする神祇信仰」をも取り込んで、それを超えてしまったのが、日本浄土教による最終的な神仏習合の世界の完成であった、と。

本地垂迹説は、神の側から仏に近づくのではなく、仏自体が積極的に神の世界に侵入して仏の化身とみずからを位置づけるというものである。この点で、決定的に神身離脱や神宮寺化の動きとは異なっていた。仏教が優位に立った上で、そのイニシアチブで神祇の世界のすべてを包摂・統合していこうとする積極的な論理なのだ。そして、十世紀末の『往生要集』に集約される日本浄土教の達成こそは、密教を中心とする仏教界に本地垂迹説を出現されることを可能にした、大きな土台であった。密教に支えられた神宮寺建立や怨霊信仰をふまえ、その対極に王権の中で成長してきた神祇信仰を支えるケガレ忌避観念の絶対化を意識しながら、その成果を土台として罪と贖罪と極楽往生を説いたものだったからである。これによって仏教界は王権と世俗世界にむけて、仏の世界が神祇の世界の上位に立つことを最終的・決定的に論理化することに成功したのであった。

 

その他

 

平将門が頼みとした八幡神は典型的な習合神であり、そのルーツは「記紀のなかで王権に反逆する神として名高い大和大神神社の神主大神氏に一族と考えられる」。

 

浄土信仰は紀元1~2世紀のゾロアスター教や「キリスト教を含むメシア思想」の影響を受けた大乗仏教の一流派として西インドに登場した、とはっきり書いているが、その説の根拠が書いてない。

 

仏教にキリスト教そっくりの贖罪思想とか、悟りに至るまでのきっちりと出来上がったシステムがあるみたいに書いてあり、はてなと思ったが、それらは著書独自の仏教の解釈のようだ。

 

牛嶋神社

 

ひたち海浜公園

ネモフィラで満開の丘にて Sun and shade

 

入り口から結構な距離をここまで歩いてきて、この青い丘が見えてきた時は、なかなか気分がハイになります。 ネモフィラの丘

 

Blue Sky and Blue Nemophila

 

あちこちカメラマンだらけです。スマホも入れたらほとんどの人が写真を撮っている。140509-0170

 

チューリップは開花期間が短いのでチャンスを逃していた。これだけ咲いているのを見たのははじめて。 140426-0301

 

Tulips in the sunlight

 

140509-0167

明治初期の日本人

 

日本その日その日 (講談社学術文庫)

日本その日その日 (講談社学術文庫)

 

 モースが明治初期の日本に滞在した時に書き留めたスケッチと日記である。去年、江戸東京博物館のモース展に行ったときに館内のショップで買ったもの。ようやく読み終わる。

当時の日本人の様子が素晴らしく活き活きと描かれている。きれい好きで、おそらく今の日本人よりも礼儀正しく、正直で勤勉、また驚くほど肉体的に頑丈。行商の小さなお婆さんの運ぶ天秤棒の籠をモースは片方すら持ち上げることが出来なかった。

家はどこも戸や窓が開けっ放しで生活の様子が外から丸見え。旅館の部屋の棚に貴重品をおいて出かけても、まず盗まれる心配はない。

よくわからないのは日本人が会話をするときに相槌とはまた別に頻繁に口から奇妙な音を発していたという話で、それはどういうものなのだろうと思った。しかし聞けばあああれかとわかるものかもしれない。

 

この辺りを読むと日本人は果たしてこの頃よりも文明化したと呼べるのか、疑問に思う。

朝鮮で恐るべき暴動が起り、数名の日本人が虐殺されてから、まだ一月にならぬ。日本の新聞がこの報道を受けた時、私は京都にいたが、この事件に関する興奮は、私に南北戦争が勃発した時の数日を連想させた。

(中略)

私は京都へ行く途中、二人の朝鮮人と同じ汽車に乗り合わした。私も朝鮮人はめったに見たことが無いが、車室内の日本人達は、彼等がこの二人を凝視した有様から察すると、一度も朝鮮人を見たことが無いらしい。二人は大阪で下車した。私も切符を犠牲に供して二人の後を追った。彼等は護衛を連れていず、巡査さえも一緒にいなかったが、事実護衛の必要は無かった。彼等の目立ちやすい白い服装や、奇妙な馬の毛の帽子や、靴や、その他すべてが私にとって珍しいと同様、日本人に珍しいので、群衆が彼等を取りまいた。私は、あるいは敵意を含む身振か、嘲弄するような言葉かを発見することが出来るかと思って、草臥れてしまうまで彼等のあとをつけた。だが日本人は、この二人が、彼等の故国に於いて行われつつある暴行に、まるで無関係であることを理解せぬほど莫迦ではなく、彼等は平素の通りの礼儀正しさを以って扱われた。自然私は我が国に於ける戦さの最中に、北方人が南方でどんな風に取扱われたかを思い浮かべ、又しても私自身に、どっちの国民の方がより高く文明的であるかを訊ねるのであった。

 

スピリチュアルな消費

 

霊道紀行 (角川文庫)

霊道紀行 (角川文庫)

 

  辛酸なめ子が行っているのは、「スピリチュアル」を自称したり、そういう分類になっているサービスや売り物を、「消費すること」により理解したり、自分のものにしてみようとする試みといえる。売り手がみずからその効能や真実性を謳っているのだから、それに対し大枚をはたいた消費者の厳しい評価があるのは当然である。結果として、すべての登場人物が嘘つきのように思え、サービスや商品がインチキ臭いものになっている。「そういうもの」がことごとくスピリチュアリティのかけらもないものにしか思えないのは、著者の特性(カルマでしょうか)、または消費文化というフィルターを通すが故なのだろうか。

元記事がけっこう古いのと(アセンション騒ぎなどもう大昔のようだ)、著者自身の霊能体験が冗談では済まないボーダーラインに差し掛かっているようなのが少々気にはなる。

聖なる科学

  

The Holy Science

The Holy Science

 

 ヨガナンダの師、ユクテスワ師の本。サンスクリット語の経文とその注釈からなる。そしてさらにそれをキリスト教の聖書と対応させている箇所も多い。ヒンドゥー語の用語は英語と対応させているが読み方はほとんどわからない。わずか78ページなので各解説はごく簡潔。ユクテスワ師の思想としては、まだ読んでないがヨガナンダの『人間の永遠の探求』などの方がわかりやすくまた詳しいのかもしれない。

 

解説は始原である神から始まる人間と宇宙の構造を示したひとつの図を示したあとで、言語・時間・空間・原子の4つの原型、コーザル体やアストラル体を構成する15の要素、個体・液体・火・ガス・エーテルの5つの粗大要素、マナス(マインド)とブッディ(インテリジェンス)という2つの極とその間のチッタ(ハート)とアカムカーラ(エゴ)という2つの状態、サットヴャ・ラジャス・タマスの3つのグナ(特質)、無知・エゴイズム・執着・反感・物質世界への固執という5つの障害、7つのロカ(世界)、7つのチャクラについて、等々...。大半が世界が現象する前の段階についての解説であるこの図は、井筒俊彦が『意識と本質』で解説するカバラセフィロートを思い起こさせます。

 

あと後半は道徳的なことや、人間の精神的発達についてなど。いずれにしてもこれは何度も読み返すタイプの本です。自分自身で通過しなければ本当にはわからない。

 

To whatever religious creed a man may belong and whatever may be his position in society, if he properlly cultivates this ruling principle naturally implanted in his heart, he is sure to be on the right path, to save himself from wandering in this creation of Darkness, Maya.

社会的地位や宗教的信念にかかわらず、これらの原則を心に刻み正しい道を歩むならば、汝は必ずやこの創造の闇・幻影世界での彷徨より自身を救い出すであろう。

 

Shamanic Journeying

 

Shamanic Journeying: A Beginner's Guide

Shamanic Journeying: A Beginner's Guide

 

 薄い本なのでそれほど時間かからず読み終わる。意識を「旅」に誘導するCDもついてお得。英語がわかりやすく、内容は教科書的に有用なので何度も読み返せる。読み返すとまた違う角度からの発見がある。

 シャーマンの旅は現実逃避ではなく、その真実性は実際に役に立ったかどうか、現実の結果によって判断すべしとのこと。シャーマニズムが何万年も続いてきた理由もその実用性にある。

いったんその「非日常的現実」の世界に入れば、三つの世界Lower world、 Middle World、 Upper Worldは無限に広がっている。

 

 
Sandra Ingerman: Experiencing the Shamanic ...