
- 作者: 安永祖堂
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/11/18
- メディア: 新書
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著者のメッセージは「はじめに」の中ですでに言い終わっているようである。つまり「みずから坐禅を実践し、さらには公案を参究し・・・そして、臨済禅の法悦を自身で感得していただきたい」。その後は何が書いてあるのかというと、衒学的な広範囲からの引用を禅に絡めての考察と、世界中いろんな場所で活動しているらしい著者の体験談・自慢話である。臨済禅というのは教義としての内容をもたないのでそういうことになるのかもしれないが、ちょっと散漫な印象。
インドのヨガのマスターと違い、どうも本書の悟りというのは存在の質的な変容を伴うものではない。様々な人間の生き方の中から何を選ぶかという選択の問題、信条や考え方、身につけるマナーの選択の問題であり、そこに日常あたりまえのものを超える要素はない。そして、悟りのピーク体験は、その選択に沿った習得が、苦労の末に一気に飛躍的に進展する局面というあたりだろうか。なんともつまらない。
悟りというのは、それを経験するのは稀でも、それ自体は普遍的にすべての人間に内包されているものだろう。違いは、それを生きている間に経験するか、死んでから「成仏」するかということで…。悟りそのものは鼻の頭のようにひどく身近であたりまえのもので、高度な学問の成果でもなければ、何かの記録的な達成や、ライバルを出し抜く社会的な成功でもない。「死」の通過は必要にしても。






























